« 2005年07月 | トップページ | 2005年09月 »
2005年08月の記事
2005年08月29日
夏休み-2
::カテゴリー 07⇒01:お出かけ
夏休み最終の土、日でしたので最後のがんばりとばかりに映画を観にいったら38度の高熱でダウンした「ダメオヤジ」でした。
娘と娘のお友達は焼き肉をおいしそうに食べてましたが私はつらかった。
先週行った「鴨川シーワールド」の他に前半には葛西水族館、映画「ロボッツ」、「ピカチュウー」、習字の展覧会・・・・・・・。今年はがんばった!!つもりです。
投稿者 n_yoshizawa : 16:57
2005年08月26日
夏休み-1
::カテゴリー 07⇒01:お出かけ
小学校の夏休み。
僕にとっては大変なプレッシャーでしたが、ようやく終わりに近づき子供たちは宿題も完了し登校準備OKです。
作文のために行った「葛西水族館」では水上バスで湾内を探訪しました。
娘たちも明るく元気に夏休みを過ごしてくれました。
僕の操作ミスで線香花火の写真が「心霊写真?」のようになってしまいました。
投稿者 n_yoshizawa : 17:35
2005年08月22日
外観写真
::カテゴリー 02⇒02:注文建築・耐震工事
建物の外観写真をアップしました。
投稿者 n_yoshizawa : 11:51
2005年08月10日
添い遂げる。
::カテゴリー 07:「プライベート」
添い遂げたつもりで事をつくす。
今、僕は母親から言われたこの言葉を重く、深く考えさせられている。
何ができるだろうか? どうしたらよいのだろうか?
ない頭を振り絞って「添い遂げる」に対面してます。
念という字があります。残念、無念、念仏・・・・・・・・家内の声は聞こえてきませんが、子供のことなど
心残りなことがあったのではないでしょうか?
さぞかし無念だったと信じたい。
僕はそれを考えると自分自身の人生の重さ、一歩一歩の人生のあゆみの重さを痛感します。
僕の人生だけでなく子供も両親も親族も彼女を通していろんなことを考えたのではないでしょうか?
健康からはじまり、これからの生き方までいろんなことを考えたんじゃないでしょうか?
このところ軽薄な人とつきあいたくもない「わがまま」な自分がいます。
人ごとだけど「そんなに軽薄でいいの??」
仕事のことでいえば何も考えずに動物よりも低レベルな感覚で仕事をしている人には特にあきれている。
同じ時間を過ごすなら「知恵と工夫」を出そうよ。
僕の人生、これから何が待ち受けているかわかりませんが生きることを大切にしたいのです。
連れ添うことの先に、添い遂げたこととして彼女の人生を肯定したいと思ってます。
僕たちのささやかな人生は地球の歴史でいえばちっぽけであっという間の出来事だったんでしょう。
しかし我が家のことを考えれば大切な「礎」を築いてくれたのです。
過去に僕も知らない互いの先祖から脈々とつながってきたことがそこにあるのですよね。
僕たちの人生を、その瞬間的な熱い感情や夢を子供たちに伝え、悠久に肯定していきたいのです。
長男によく言っていることですが「大好きな仕事に就くこと。大好きな女と結婚すること。」こんな幸せなことはないと・・・・・・・・・・・
そして僕は子供の頃から家内を喜ばせたり、そして幸せにしたいと一生懸命だったことも話してます。
投稿者 n_yoshizawa : 12:50
2005年08月01日
夢と希望を持って。
::カテゴリー 07:「プライベート」
今日、8月1日は亡くなった家内の月命日ということで家族全員でお墓参りに行きました。
「夢と希望を持って」なんて古くさい言い方ですよね?
毎日を楽しく生きるというのはなかなかできないものですね。
ずいぶん前だけど「旅の重さ」という映画がありました。 30年も前の映画でしょうか?
題名も重いけど、高橋洋子主演でお遍路の旅をしながらいろんな人との出会いにより、
そこで感じるものと吸収するものとで主人公が成長していく・・・・・。
そんなような話だったと思います。
ある人が僕に「人生は重い荷物を背負ってるようなものだ。」と言ってました。 あまのじゃくな僕は「そうかな?」と頭をひねった。
僕は子供の頃から周りの環境(アクシデント)に左右され続けてきたが、自ら進んで背負ったつもりもないし、背負わされた気もしていなかった。
いろんなことがたくさんあったけど、つらそうな友人を見ている自分がいやなので僕で良かったと考えるようにしている。 そこまでには時間もかかるが、やはりつらそうな友人や家族を見ることの方がキツイ。
人の性格って子供の頃から大人になってもあまり路線としてはそんなに変わらないんだなと、いまごろ
中年になって感じる。
屁理屈ばかり言って行動が伴わない人や、他人に威圧をかけて仕舞いにはウソで固めてはおとなしい
人の優位にたつ人など様々な道順で中年になってしまったようだけど、やっぱりね?と思う人も多いものです。
最近、日本テレビ放映の「女王の教室」を観ながら不快感をおぼえながらも「あっ、いたいたこういう人」
なんてひとりごとを言ってるオヤジ姿の自分を発見してます。
人との出会いには不思議で奇妙な縁があるんでしょう。 それが運命ってやつですか?
日本の中に千葉県があって、千葉県の中に船橋があって・・・・・地域に学校があって、自分の学力で
また学校選択があり、たくさんの人たちと出会ってきたわけですよね。(すごく当たり前でした。)
久しぶりに友人と会うと、会う前から楽しみがある。
どんな話ができるかな?とか色々考える。 何年かぶりだと特に頭をみてしまうのは僕だけ?
頭の毛は現実の話だが、10代からの友人は夢を見始め、そして20代に挑戦し、挫折したこと。
いろいろみんなあったよな・・・・・・・。
若いときと違う自分に気がつきながら、それでも夢と希望は子供だけの特権ではないんだよと息子に
偉そうにいっている「やはりオヤジ」なんです。
いまからでも遅くはない。 いままで通りに「人のために何かできる自分」をめざして、ハッキリした「夢」と「希望」をもって生きていく。 そんなオヤジの背中を子供たちに見せつけてやりたいと思います。
「夢中だった。」若い頃の自分がいたから今がある。
晴れわたる美しい空を見上げ、夢と希望をもって明日に向かって生きましょう。
投稿者 n_yoshizawa : 17:24