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2006年01月01日

おせち

::カテゴリー 07⇒02:いろいろ

正月になると「おせち」という言葉をよく耳にします。
「節(せち)」は節目の意味もあり、日本人が大切にしてきた節目ごとに作られた料理が、まるで正月だけの料理のようになってしまったのです。
3月と5月の節句も「節」ですね。

誰が考えたのか、「暦」と「節」は日、週、月、年、隔年の行事まで文化の源になっていること、すごいことですよね。

古くさい考えでしょうが、日本には四季があり、そして古くからの風習という文化もあります。
朝のあいさつがあるように、この「節」が四季と重なりながら営まれたことが文化なんですよね?
こんなこと言っていること自体が中々受け入れられないのでしょうが、私が気がついてきたということは全国では相当な人たちが気づいているのではないでしょうか?
現状にある日本の空洞化は自己中心的なコストダウンのおかげで、また多くの人々が生産も技術も国内にないことにそのうち気づく日がくるのでしょう。
「船舶国日本」は遠い昔なんですよね。 家電はどうですか?

論点は違うようだけど、若いころにあいさつもまともにできなかった奴がオヤジになって、あいさつが大切だと言っているのはまさにその自己中心的な表れでしょう。 自分の子供に自由に生きろと無責任なこと言っておいて何もしない親がいる。 途中まで手取り足取りで急に知らん顔かよってなもんでしょ。
 団塊の人たちが世の中の中心であるがごとく活き活きしてるけど、若いころ何をやってきたのですか?その文化を壊そうとした年代でもあるし、学生運動でエネルギー使いすぎて腑抜けな人も多いし、アピールは上手な人が多いけどデリカシーのない人が多いのもその年代と思うのは私だけでしょうか?
ここ数年は第二次ベビーブーマーの世代と仕事をする機会が多いのですが、前記の悪い部分を遺伝なのか教育なのか受け継いでいる人が多く感じます。
PCはできるけど、あいさつはできない、日本語が通じない、箸が使えない奴がそれですよ。

たとえば初詣に大切なことが一挙手それぞれに意味があることを考えてみましょうよ。 
仕事も遊びもひとつひとつに意味があること。 そして普段の生活での会話ができることの意味。
いろんな意味でもう少しこだわってみるのも良いことかも知れませんね。
日本は心の文化が他の国よりも優れているといわれてます。 だから味覚も日本人だけ五感を授かったのでしょう。
私も日本人であるプライドと勇気を持てるといいなと考えます。

投稿者 n_yoshizawa : 2006年01月01日 10:13