2007年12月12日
12月12日
::カテゴリー 07:「プライベート」
今日は以前にも書き込みしたことがあるのですが、12月12日は我が家の「火の用心」の日です。
私が小学4年の時だったと思うんですけど、自宅の裏にある父の会社=吉澤建設(株)の作業所、
休憩所、鉄工所、材木の乾燥倉庫、社員寮がほぼ全焼した日なんです。
幸いに本社屋と同じ敷地内にあった自宅は無事でしたが、夜の火事で私はランドセルとパジャマの
上には制服をはおい道路反対の前橋第一中学校の正門のところで足をガタガタ震わせながら見て
いた記憶が鮮明に残ってます。
(先日、赤城山にキャンプに行った時にこの場所に行って来ました。)
ビジネススクールのカリキュラムでこの「火の用心」という課題がありました。
社内での正確でスピーディーな伝達の必要性、特に私感を入れながら伝達してしまう愚かさを知った
場面でした。
あの火事の頃の景気はどんな感じだったんでしょうか?
父はまだ39才くらいのはずです。
家にはお手伝いさんも運転手さんもいたり、父が夜間大学で講師もしてたので我が家には住み込んで
働きながら通学されていた方がいつも2~3人いた頃です。
(その頃の社員の方たちとも両親はいまだに連絡は取り合い、数年前には私も参加して小旅行にいき
ました。)
私にとって父の存在はまだまだ遠いのでしょうねぇ?
私からすると尊敬できる家族がいることを幸福に思いますし、私自信も親の背中ってやつを子供達に
見せているわけですから一段と磨かねばなりませんね。 ごしごしと・・・・・・。
今は、こんな私の父親ぶりを子供達に尊敬させるようにしてきてくれた家族に感謝しています。
投稿者 n_yoshizawa : 2007年12月12日 09:42