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2009年01月の記事

2009年01月09日

1月9日

::カテゴリー 07⇒02:いろいろ

昨年の今日の書き込みは「いちごの花」でした。
今年も行く予定はしていたんですけど、残念ながら中止になりそうです。

このところの娘たちはずいぶんと落ち込んでいます。
10才にして二人を見送ったことは悲しいことですものね。
私も早めに帰宅してますが、またお医者さんに相談して
みようと思います。
大人でさえ、メンタルなことは計り知れないところですから
子供ともなれば余計複雑なんでしょうね。

助けてくれる人もあり、見捨てていく人もあり。
世の中も、人生もいろいろです。

投稿者 n_yoshizawa : 12:32

2009年01月04日

2009年

::カテゴリー 01⇒01:ご挨拶、お知らせ

新しい年を迎えました。

昨年12月31日に私の父が78歳で永眠しました。
10年近い闘病生活を目の当たりにしてきた私ですが、本当によくがんばったと思います。
私自身は二男の末っ子ですが、私の亡くなった家内と一緒のお墓に眠ることになります。
おかしいとご指摘もいただいてますが、私はそれで喜んでます。
また、私の息子も「墓守」としての自覚を持っている長男ですので私自身もとても安心です。
(だらしない長男にならないよう育てたつもりですので。)

昨年、「変」とい字が選ばれましたよね?
私自身はこの2009年を「穏」=おだやかな一年にしたいと願っています。
過去の余計なことは考えても、何も進展がない。 それにつまらない。
世情は本当に厳しい環境であることは強く感じています。
私自身の人生ですから、楽しく、そして穏やかな安堵した時間の
過ごし方を考えて生きたいと思います。

キーワードは、社会貢献、経済貢献、雇用創出。
強い信念で真っ直ぐに前に進むことにします。

皆様、今年もよろしくお願いいたします。



父「吉澤久吾」は昭和5年8月、現在の群馬県前橋市生まれです。
昭和5年といえば、いま話題にあがる昭和の大恐慌の年ですね。
戦争への召集はされない年齢ですが、高度成長の礎に働き尽くめの世代ではないでしょうか?
実家は建築や、前橋工業高から法政、日大。 都内の中野組から帰郷し、吉澤建設へ。
千葉県に来て、三和建物、東急C。
建築一筋の父親です。

10年くらい前だと思いますが、「死ぬまで一級建築士でいたい。」と私に話ししてきたことが
ありました。  お役所相手にいろいろありましたが何とか約束を守ることができました。

私は私自身、私らしさを追及して息子に託したいと企むことにします。
今回も一段と頼もしい息子の成長振りをみられてうれしく思いました。
やはり私よりか、母親似のようです。

投稿者 n_yoshizawa : 21:26